「山内の恩返し」
山内氏が任天堂のソフト開発支援システムを強化せずに、それとは別に「ファンドキュー」を設立したのはなぜか。もしかすると、「ゲーム」に対して“恩返し”をしたかったからではないだろうか。
任天堂が、京都の花札・トランプメーカーから世界規模の巨大企業にまで大きくなれたのは、まぎれもなくゲームのおかげである。現在の任天堂の株式時価総額は3兆円弱もあるが、これは「ファミリーコンピューター」「スーパーファミリーコンピューター」「ゲームボーイ」などの存在をなくしては決しては有り得なかった数字なのだ。彼はその約10%、3000億円分の任天堂株を保有しているが、これもまた、ゲームによって得られた富である。ならば、ゲームによって得られたこの富を少しでもゲームの世界に恩返しの意味を込めて還元しよう、と考えたのではないだろうか。だからこそ、任天堂という組織の資金を使わずに、自分自身の私財を投じ「ファンドキュー」を誕生させたのだ。
山内氏の引退が近いことも、それに拍車を掛けている。最近は、頻繁に社長引退をほのめかしている山内氏だが、社長を退くということは、ゲームビジネスの第一線から退くことでもある。そうなると、ゲームとの関わりが薄くなってしまう。だが、彼は現在のゲーム産業は存亡の危機を迎えている、と考えている。理由は、同じようなゲームが氾濫している事と、ハードの無意味な高性能化である。同じようなゲームが大量に出回るとユーザーは必ず飽きてしまうし、ハードが意味なく高性能化すると開発者の重荷になる。もし、これを放置したまま、ゲームビジネスから離れてしまったのなら、大恩あるゲーム産業自体が危機に陥る可能性が高い。そうならないために、山内氏は新しいジャンルのゲームが生まれやすくなる環境、開発者の負担を少しでも軽くするように促すシステムを恩返しの意味も込めて作り上げたかったのだ。だから「ファンドキュー」を作り、開発を支援するゲームの内容を「“開発がしやすい”GCとGBAが連動して遊べるような“新しい”ゲームソフト」に限定したのである。
ただ、もうひとつの理由もあるだろう。それを知るためには著名な投資家ジム・ロジャース氏の言葉を借りなければならない。彼は、とても面白いことを言っている。『ある朝、目覚めて、人々がこう言うのを聞きたくなかったのです。“ジム・ロジャースは七五歳だ。彼は偉大なる投資家だった。しかし、彼がしたのはそれだけだった”とね』(P203
「NHKスペシャル マネー革命 第一巻」 著相田洋・宮本祥子 NHK出版
1999)。この発言は興味深い。確かにある分野で大きな成功を収めた者は、大きな社会的な評価を受けるが、それ以上のことをしなければ世間の評価はそこで留まってしまう。ジム・ロジャース氏は、それが嫌だったのだ。同じことが山内氏にもあてはまるのではないだろうか。彼も現在74歳。ジム・ロジャース同様「山内溥は七五歳だ。彼は偉大なるゲーム屋だった。しかし彼がしたのはそれだけだった」と言われたくないと考えたのではないだろうか。もしかしたら、「ファンドキュー」は“偉大なるゲーム屋”が、偉大なるゲーム屋以上の“何か”になるために必要な存在なのかもしれない。
(つづく)
(ライター:菅井) |