「コーエーの蹉跌」
エフィッシモがテクモに送った質問状の二点目には「コーエーが行っている資産運用の継続の有無」を問うている項目がある。エフィッシモはこの中で経営統合後には『有価証券の運用から撤退すべき』(注4)と訴えているが、その資産運用関連の話が経営統合の発表資料などでは触れられていないため追加で説明するように求めている。しかし、なぜ統合相手の資産運用を重要視してテクモ側に追加説明するよう要求したのだろうか。それはコーエーの行っている資産運用の影響が結果的にコーエーからテクモに経営統合の話を持ち掛けざるを得ないほど大きいものだったからだ。
テクモとの経営統合が合意できたと発表した日にコーエーは2009年3月期の中間決算を発表したが『売上高、営業利益において、当期間における過去最高額を更新』(注1)したという。これだけを見ればコーエーの業績は非常に順調なように見える。しかしながら、ここ数年の利益推移とその中身を見れば、決して楽観できない。
今から5年前の2004年3月期(2003年度)において、コーエーのゲームソフト部門は約80億円の利益を稼ぎだしていた。流通・その他部門などの利益を加えた営業利益は約104億円、それに加えて資産を運用した際に受け取る利息や借入金の利払い等を差し引きした金融収支などを合わせた経常利益は126億円であった。2003年度の時点ではコーエーの利益の大半はゲームソフト部門が生み出していたことが分かる。
しかしながら、その後本業であるゲームソフト部門の利益は徐々に落ち込んでいく。2004年度約66億円、2005年度約58億円、2006年度約43億円、2007年度約52億円、2008年度は予想数値であるが約46億円に留まるようだ。
本業の落ち込みにも関わらず、経常利益は2004年度約122億円、2005年度約119億円、2006年度約91億円、2008年度約102億円、2009年度の予想数値は105億円となり、2004年度からゲームソフト部門の利益は大きく落ち込んでいる一方で、経常利益の減額幅はそれほどでもない。なぜこのような結果になるのかと言えば、ゲームソフト部門以外のその他の各部門が頑張っていたからではなく、金融収支の増加が下支えをしていたからに他ならない。
金融収支を増加させるためには、より高い利回りの金融商品で資産運用を行うか、あるいは新たな資金を投入して運用資産そのものを拡大させる必要がある。コーエーの執った戦略は主に後者であった。
2003年度の有価証券報告書に記載されていたコーエーの「その他有価証券」で時価のあるものの総額は、取得原価ベースで約280億円だったが、2004年度には約295億円、2005年度は約371億円、2006年度は約395億円、2007年度は前年度より落ち込むがそれでも約373億円もあり、ゲームソフト部門の利益と反比例するように増加傾向を辿っている。つまり、コーエーは運用資産を積み上げることで会社全体の利益をかさ上げし、本業の落ち込みをカバーしていたのだ。
もちろん資産運用を行うことは何ら問題ではない。問題なのはその運用資産が年々膨らみ、かつ外国の有価証券が多くあったことだ。2008年に本格化したアメリカ発の世界金融危機はあらゆる資産の価値を目減りさせる一方で、日本円を十数年ぶりの高値にまで押し上げた。これにより、日本から海外へ投資されていた資産は資産価格そのものの下落と円高による為替差損のダブルパンチを受けることになった。コーエーもその影響を避けきれず、2008年12月末の時点において含み損が約84億円程度、評価損が約63億円程度となってしまっている。これにより2009年3月期の最終利益は赤字に転落する可能性が高い。しかも年度末までに金融危機が収束するかどうかは不明であり、損失がさらに膨らむ事もあり得る。
結局コーエーは今回起きた金融危機の影響により、本業の不振を資産運用で取り繕ってきた収益構造を、本来の形に戻さざるを得ない状況に追い込まれてしまったのだ。ゲームソフトメーカーである以上、原点回帰のためにはゲームソフト部門の収益回復が必須となる。もちろん、それは簡単なことではない。しかしながらそれを比較的短時間に成し遂げる方法がひとつある。その方法が他社との合併や買収である。相手企業の利益を取り込み、自社の利益をかさ上げできる合併・買収は「時間を買う」とも表現されるため、今のコーエーにはうって付けの手段であったのだ。
このような背景を知れば、なぜそれまで第三者の立場であったコーエーが突然テクモに対し経営統合を持ちかけ、スクエニを押しのける形でテクモとの経営統合を短期間の内に実現させてしまったのかが理解できる。
それは、コーエー自身が抱える問題を解決するために必要だったからだ。
参考文献……株式会社コーエー 第27期?31期(2003年度?2007年度) 有価証券報告書、2009年3月期第2四半期決算説明会資料、「平成21年3月期第3四半期末の投資有価証券評価損 並びに投資有価証券含み損に関するお知らせ」